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声を出して一緒に読んでみましょう

不思議の国のアリス Alice's Adventures in Wonderland /ルイス・キャロル 著 
  © 1999 山形浩生 訳 / 挿画 ジョン・テニエル

 

第2章-涙の池

「チョーへん!」とアリスはさけびました
(びっくりしすぎて、ちゃんとしたしゃべりかたを忘れちゃったんだね)。
「こんどはこの世で一番おっきな望遠鏡みたいに、ぐんぐんのびてる! 足さん、さよなら!」
(だって足を見おろしたら、もうほとんど見えなくなっていて、どんどん遠くなっているのでした)。
「ああ、かわいそうな足さん、これからだれが、くつやストッキングをはかせてあげるんだろう。あたしにはぜったいにむりなのはたしかね!
 すっごく遠くにいすぎてて、あなたたちのことにはかまってられないの。
できるだけ自分でなんとかしてね:――でも、親切にしといてあげないと」とアリスは思いました。
「そうしないと、あたしの行きたいほうに歩いてくれないかも! そうねえ。クリスマスごとに、新しいブーツをあげようっと」


ちょうどそのとき、頭がろうかの天井にぶつかりました。
もうそのとき、アリスは身長三メートルになっていたので、すぐに小さな金色の鍵を手にとって、お庭へのとびらへといそぎました。
 かわいそうなアリス! できることといったら、ねそべって片目でお庭をのぞくことだけでせいいっぱい。
でも、とおりぬけるなんてまったく絶望的。アリスはまたすわって泣き出しました。
「はじを知りなさい」とアリスは言いました。
「そんなおっきななりをして」(まあたしかにそのとおり)
「いつまでも泣いてばかり。いますぐやめなさい、いいわね!」でもアリスは、それでもかまわず泣きつづけて涙を何リットルも流したので、まわりじゅうにおおきな池ができてしまいました。深さ10センチくらいで、ろうかの半ばまでつづいています。

しばらくすると、遠くからピタピタという小さな足音が聞こえたので、あわてて涙をふいて、なにがきているのかを見ようとしました。
あのうさぎが、りっぱな服にきがえてもどってくるところで、片手には白い子ヤギ皮の手ぶくろ、そしてもう片方の手にはおっきなせんすを持っていました。
とってもいそいで走っていて、こっちにきながらも「ああ、公爵夫人が、公爵夫人が! 待たせたりしたら、なさけようしゃなんかありゃしない!」
とつぶやいています。アリスのほうは、もうせっぱつまっていて、だれでもいいから助けてほしい気分。
そこでうさぎが近くにきたときに、小さなおちついた声でこうきりだしました。
「あの、おねがいですから――」うさぎは、うっひゃあととびあがって、子ヤギ皮の手ぶくろとせんすを落としてしまい、全速力(ぜんそくりょく)で暗闇(くらやみ)の中へとかけ去っていってしまいました。


アリスはせんすと手ぶくろをひろって、ろうかがとても暑かったので、せんすであおぎながらしゃべり続けました。
「あらまあ、きょうはなにもかもふうがわり! きのうは、ほんとにいつもどおりだったのに。
あたし、夜のあいだに変わっちゃったのかしら。そうねえ。起きたときには、おんなじだったっけ? なんだかちょっと変わった気分だったような気もするみたい。
でも、おんなじじゃないんなら、つぎの質問は、いまのあたしはいったいぜんたいだれ? それがかんじんななぞだわ!」
そしてアリスは、おないどしの子たちを思いうかべていって、そのなかのだれかにかわってしまったかどうかを考えてみました。


「エイダじゃないのは確かだわ。エイダのかみの毛は、とっても長い巻き毛になるけど、あたしのかみはぜんぜん巻き毛にならないもの。それとぜったいにメイベルじゃないはず。
だってあたしはいろんなことを知ってるけど、メイベルときたら、まあ! もうなんにも知らないでしょう! それに、あの子はあの子だし、あたしはあたしだし、それに――あれ、わかんなくなってきちゃった!
まえに知ってたことをちゃんと知ってるか、ためしてみよう。
えーと、四五の十二で、四六の十三で、四七が――あれ、これじゃいつまでたっても二十にならないぞ! でも、かけ算の九九はだいじじゃないわ。地理をためしてみよう。
ロンドンはパリの首都で、パリはローマの首都で、ローマは――ぜんぜんちがうな、ぜったい。
じゃあメイベルになっちゃったのね!
 『えらい小さな――』を暗唱してみよう」そしてアリスは、授業でするみたいにひざの上で手を組んで、暗唱をはじめましたが、声がしゃがれて変てこで、ことばもなんだか前とはちがっていました:――


*     *     *     *     *
「えらい小さなワニさん
ぴかぴかのしっぽをみがいて
金色のうろこひとつずつを
ナイルの水であらいます!」
「うれしそうににったりと
なんてきれいにツメをひろげて
小さな魚をよびいれます
やさしく笑うその大口で!」
*     *     *     *     *


「いまの、ぜったいにまちがってるはずだわ」とかわいそうなアリスは言って、目に涙をいっぱいにうかべてつづけました。
「じゃあやっぱりメイベルなんだ、そしたらあのちっぽけなおうちにすんで、あそぶおもちゃもまるでなくて、ああ!それにお勉強しなきゃならないことが、ほんとに山ほど! 
いやよ、決めた。もしあたしがメイベルなら、このままここにいるわ!
 みんなが頭をつっこんで『いい子だからまたあがってらっしゃい!』なんて言ってもむだよ。
こっちは見上げてこう言うの。『だったらあたしはだれ? まずそれを教えてよ。それでもしその人になっていいなと思ったら、あがってくわ。
そうでなければ、べつの人になれるまでここにいる』――でも、あーあ!」とアリスは、いきなり涙をながしてさけびました。「ホントにだれか、頭をつっこんでくれないかな!
 もう一人ぼっちでここにいるのは、すっごくあきあきしちゃったんだから!」


こう言いながら手を見おろしてみると、おどろいたことにうさぎの小さな子ヤギ皮の手ぶくろが、手にはまってしまっていました。
「どうしてこんなことができちゃったんだろう?」とアリスは思いました。
「あたし、また小さくなってるんだ」立ち上がってテーブルのところへいって、それと比べてせたけをはかってみると、まあだいたいの見当ですが、いまや身長60センチくらいで、しかもぐんぐんちぢみつづけています。
やがてその原因が、手にもったせんすなのに気がついて、あわててそれを落としました。
あぶないところで、ちぢみきって消えてしまわずにすんだのです。


「いまのはまさにきき一発だったわ」アリスは、いきなり変わったせいでとてもおびえてはいましたが、まだ自分がそんざいしているのを見て、とてもうれしく思いました。
「さあ、そしたらお庭ね!」と、あの小さなとびらをめざしてぜんそくりょくでかけもどりました。が、ざんねん! 小さなとびらはまたしまっていて、小さな金色の鍵は、さっきとかわらずガラスのテーブルのうえで、「しかもさっきよりもひどいことになってるじゃないの」とあわれな子は考えました。
「だってこんなに小さくなったのははじめてよ!」



そしてこのせりふを口にしたとたんに足がすべって、つぎのしゅんかんには、ボチャン! 
あごまで塩水につかっていたのです。最初に思ったのは、どういうわけか海に落ちたんだろう、ということでした。
「そしてもしそうなら、列車で帰れるわね」と思いました。
(アリスは生まれてから一回だけ海辺にいったことがあって、そこからひきだした結論として、イギリスの海岸ならどこへいっても海には海水浴装置(かいすいよくそうち)があり、子どもが木のシャベルで砂をほっていて、海の家がならんでいて、そのうしろには列車の駅があるもんだと思っていたんだな)。
でも、すぐに気がついたのは、自分がいるのはさっき身長3メートルだったときに泣いた涙の池の中だ、ということでした。
(訳者のせつめい:海水浴装置、というのは、むかしは水着になったところが見えるとイヤラシイとみんな思ってたから、タンクみたいなものに入って、それでそれごと海に入れてもらったんだって、そのタンクのこと。)


「「あんなに泣かなきゃよかった!」とアリスはあちこち泳いでそこから出ようとしました。
「おかげでいま、おしおきを受けているんだわ、自分の涙におぼれて!それってどう考えても、ずいぶんと変なことよね!
 でもきょうは、なにもかも変だから」
 ちょうどそのとき、すこしはなれたところで、なにかがばちゃばちゃしているのが聞こえました。
そこでそっちのほうに泳いで、なんだか調べてみました。最初はそれがセイウチかカバにちがいないと思ったのですが、そこで自分がすごく小さくなっているのを思い出しました。
そしてやがてそれが、自分と同じようにすべってこの池にはまってしまった、ただのネズミなのがわかりました。


「さてさて、ここでこのネズミにはなしかけたら、どうにかなるかしら? ここではなんでもすっごくずれてるから、たぶんこのネズミもしゃべれたりするんじゃないかと思うんだ。
まあどうせ、ためしてみる分にはいいでしょう」
そう考えて、アリスは口を開きました。
「ネズミさん、この池からでるみちをごぞんじですか? ここで泳いでて、とってもつかれちゃったんです!」
ネズミは、いささかさぐるような目つきでアリスをながめて、小さな目のかたほうでウィンクしたようでしたが、なにもいいません。




 「もしかして、ことばがわかんないのかな? フランスねずみにちがいないわ」
「Ou est ma chatte? (わたしのねこはどこですか?)」
これはフランス語の教科書の、一番最初に出ている文だったのです。
ねずみはいきなり水からとびだして、こわがってガタガタふるえだすようでした。
「あらごめんなさい!」とアリスは、動物のきもちをきずつけたかな、とおもってすぐにさけびました。
「あなたがねこぎらいなの、すっかりわすれてたから」


 「ねこぎらい、とはね!」とネズミは、かん高くてきつい声でさけびました。
「あんたがぼくなら、ねこが好きになるかね?」
 「ええ、そりゃならないかもしれませんね」とアリスは、なだめるように言いました。
「どうか怒らないでくださいな。でも、うちのねこのダイナをお目にかけられたらいいのに。
あの子をひと目でも見れば、ねこも気に入るようになるんじゃないかと思うんです。
とってもかわいくておとなしいんですよ」とアリスは、池のなかをゆったりと泳ぎながら、なかば自分に向かって話しつづけました。
「それでだんろのところでのどをならしてると、手をなめたり顔を洗ったりして、すごくかわいいんです――それにあやすととってもやわらかくてすてきで――あと、ネズミをつかまえるのが名人級(めいじんきゅう)で――あらごめんなさい!」とアリスはまたさけびました。
ネズミはこんどはからだじゅうの毛をさかだてていて、ああこんどはまちがいなく、本気で怒ってるな、とわかります。
「もしよろしければ、わたしたちもう、あの子の話はよしましょうね」


 「わたしたち、だと!」
とネズミは、しっぽの先までガタガタいわせてさけびました。
「ぼくが、そんな話をするとでも思うか! うちの一族は、ずっとねこがだいきらいなんだ。
いやらしい、低級(ていきゅう)で俗悪(ぞくあく)な生き物! 二度と名前もききたくない!」  「はい、ぜったいに!」とアリスは、あわてて話題を変えようとしました。
「それなら、もしかすると――犬――はお好き――かしら?」
ネズミは返事をしなかったので、アリスは熱心につづけました。
「うちの近くには、すごくかわいい小さな犬がいるんですよ、もうお目にかけたいくらい!
 小さくて目のきれいなテリアなんです、それも、すごく長くてクルクルした毛をしてて!
 それでものを投げるととってくるし、ごはんのときにはおすわりしておねがいするし、いろんな芸もして――半分も思い出せないんですけど――そしてそれを飼ってるのがお百姓さんで、その人の話だととってもちょうほうしてるんですって。
百ポンドの値打ちがあるそうよ!
 だってネズミをみんな殺すし、それに――あらどうしましょ!」とアリスはかなしそうな声でさけびました。
「また怒らせちゃったみたい!」というのもネズミは、おもいっきりアリスから遠くへ泳ごうとしていて、おかげで池にはかなりの波がたっていました。

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